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ここでは私が歌舞伎を好きになったきっかけやプロフィールを書いていこうと思います。

アラカン女子のおひとり様です。

60歳目前のアラカン女子、おばちゃんです。
歌舞伎を観始めて20年、浅草に住み始めて15年になります。
出身は関西ですが、浅草が第二の故郷になりました。
音楽と歌舞伎と浅草が好きで、それを肴に飲むお酒はもっと大好きです。

歌舞伎を好きになったきっかけ

20代前半に三代目市川猿之助(現市川猿翁)さんの「スーパー歌舞伎ヤマトタケル」を京都の南座で観ました。

その時は「凄いものを観た」という気持ちにはなりましたが、その後つづけて観るというほどでもないまま、20年経過しました。

その猿之助さんが病気で倒れた際にお弟子さん達が坂東玉三郎さんの力を借りて上演された東銀座にある歌舞伎座での2004年七月大歌舞伎「桜姫東文章」でずっぽり沼にハマりました。

友人が「玉三郎様が通しで『桜姫』をやるなんてこの先の人生でもうないかもしれないから貴方も観ておきなさい」と誘ってくれて、初めての歌舞伎座は二等席でした。

その時に玉三郎さんのお相手役に大抜擢された市川段治郎(現喜多村緑郎)さんが超かっこよくて、しかも玉三郎さんに必死に食らいついてお芝居をされている感じがひしひしと伝わってきて、帰り道は「次回のご出演はいつかしら?」状態で、そこからずんずん歌舞伎探究が始まりました。

翌年は十八代目中村勘三郎さんの襲名の年でしたので面白い演目がじゃんじゃん上演されたんですね、それもあって沼落ちしました。

実は歌舞伎はつまらないと思っていました。

初めて歌舞伎を観劇したのは高校生の頃で、課外授業で連れて行かれる地元の会館での「平家女護島 俊寛俊寛」という演目で、島流しにあった流人の俊寛僧正の物語で、伝統的な演目ですが高校生で音楽大好き真っ盛りのイキったガキには全く刺さらなかったんですね。

それ以来「歌舞伎はつまらない」と思いこんでしまい、ご無沙汰が続きましたが、その後歌舞伎に誘ってくれた友人の強引さに今となっては感謝です。

このブログについて

「歌舞伎はつまらない」「難しい」「敷居が高い」と思われている方多いですよね、私も昔はそうでした。

見始めの頃は「どんな服装で行ったらいい?」「マナーは?」「何を観ればいい?」と考え込んでしまいました。そんな方々に楽しく歌舞伎を観ていただきたい、つまらないと思っている方に歌舞伎の楽しさをお伝えしたいと思うようになりこのブログを始めました。

これから歌舞伎に親しんでいこうと思われている方に少しでも参考になればと思っています。

私もまだまだ観劇を続けるつもりですので、歌舞伎情報をどんどんお伝えしていきますね。

浅草のこと

浅草は歌舞伎と縁の深い街です。

住み始めたのは仕事の関係で偶然ですが、現在の浅草6丁目あたりは、江戸時代は「猿若町」と呼ばれていて、歌舞伎発祥の地と言われ、芝居小屋が立ち並んでいたそうです。今ではその町名もなくなり跡地として碑が残っているだけです。

そんな縁で、浅草公会堂で歌舞伎の公演が行われたり、浅草寺境内で「平成中村座」が期間限定で設営されたりと歌舞伎に親しい街です。

そんな浅草に住み始めて15年になるので、浅草の楽しいこと、美味しいもの、についても発信していこうと思います。

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